金本知憲『覚悟のすすめ』、野村克也『野村再生工場――叱り方、褒め方、教え方』角川oneテーマ21

金本知憲覚悟のすすめ

「覚悟」――。
それこそがプロとして、もっとも大切なものだ。決意したら、必ず行動に移す。そして、それを継続させる根気があったからこそ、それほど期待されていなかった自分がここまでやってこられたと、いま、あらためて思う。
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どんな状況に陥ろうとも、いかなる事態に直面しようとも、心がブレたり、折れたりすることはない。たとえ不可能だと思っていたことでも、「覚悟」さえあれば、実際にやってみればできるのだ。

金本はいかにしてフルイニング出場を続けてこられたのか。FAでタイガースにもたらした「金本効果」の真実を明かす一冊。松井秀喜『不動心』(新潮新書)よりも自伝的要素が遙かに強い。というよりも、読者に言い聞かせる以上に自分に言い聞かせるようなところが多いように感じる。「私はこうだ」と言うことがあっても、「だからあなたも〜」と(直接的に)言うところはまず見られない。自己啓発を押し付けるようなところが無いのだ。(人によってはそれこそが「押し付けがましく」感じるという逆説もあるだろうが)
広島入団からフルイニング出場記録更新までが大体の記述の範囲だが、カープの話よりはタイガースの話の方が多い。フルイニング出場をすることは、「有給休暇」を取らないサラリーマンのようなものとサラリと言ってしまう辺りはさすが金本といったところだが、これも「野球をすることで、人よりたくさんのお金をもらっている。とすれば、ふつうの人より自分に厳しくあらねばならない。」とまで言い切ってしまう。自分が「ふつうの人」でないことを金本は自覚している。だからこそ読者に啓発を勧めない。もしかするとそこに、この一冊の価値があるのではないだろうか。余談だが、飲酒・食事・トレーニングについては語られているものの、喫煙については一切語られていない。体に悪いと言われる喫煙を続けながらのフルイニング出場を遂げる、その秘密をいずれ語って欲しいものだ。

野村克也野村再生工場

それに、何よりもやはり、私は弱いチームを強くすることが好きなのだ。生きがいといってもいい。現役から監督時代を通じてずっと、強いチームに勝つためにはどうすればいいのか、全身全霊を使って考え、準備し、実践してきた。そうしてきたからこそ、いまの私があるといっても過言ではない。

ニワカ野球ファンである私が名前しか、あるいは名前も知らない選手から、楽天イーグルスの山崎・鉄平・嶋・田中に至るまでの「ワシが育てた」録(というと語弊を招きかねないが)。そして、その原点が「巨人への対抗心」であると臆面もなく述べる。再生の原点は愛情にある、と語るこの一冊は、確かに弟子やライバル達への限りない愛情に満ちている。そこに出てくる固有名詞は『覚悟のすすめ』より遙かに多い。というよりは、常に「再生」という歴史の中で野球を続けてきた野村監督にとっては、他者との関係は限りなく重要な要素なのだろう。

二冊に共通するもの

しかし、私がよくいうように人間の評価とは他人がどう感じるかによって決まる。他人の下した評価が正しいのだ。とすれば、一度落ちてしまった評価を覆すには、「あいつ、変わったな」と周囲に感じさせる必要がある。そのためには、それまでの考え方を変えなければならない。選手が再生できるかどうかは、この「考え方を変えられるか」ということが非常に大きな意味を持つのである。
野村克也野村再生工場

二冊を読み比べてみて気付くことだが、上記のような考えは二人に共有されているものらしい。金本も「野村克也さんがよく言われるように」という言い方で上記のようなことを述べている。金本が野村監督の著書をいくつか読んで刺激を受けているのかもしれないが、それはあまり関係ないだろう。金本がフルイニング出場を続けていられるのは、岡田監督がスターティングメンバーに名前を書き続けてきたからだし、野村監督が監督を続けていられるのは、上(球団・企業)から監督就任・続投の要請が来るからである。つまり彼らは自分だけの覚悟ではなく、「他人の下した評価」に従う「覚悟」を持ち続けているのだ。そして彼らを使う監督や球団も、彼らと心中しても構わないぐらいの「覚悟」を持っているのだろう。
同じレーベルから、約1ヶ月の間隔しか空けることなく出版されたこの二冊は、何やらどうも不思議な関係に満ちている。金本は野村監督に、野村監督は金本にそれぞれ言及しているのだ。もちろん、野球人としてはそれは当然かもしれないし、野村監督としては自分が辞めた後のタイガースを強くした金本に言及するのは当たり前かもしれないが。とにかく読み比べてみても面白い2冊であることはまず間違いない。あんまりに感受性の強い人には、「覚悟」がいるかもしれないが。