etude「そして明日の世界より――」論・メモ(2)

個人用メモ第2弾。
昨日より深いところに入るつもりなので、当然ネタバレ全開。




さて、昨日は登場人物の役割について述べたわけですが、もう一つ踏み込んで、個別ヒロインのルート毎の大まかな流れをチェックしていきましょう。

・夕陽ルート・・・昴の真似をし続け、昴についてばかりだった夕陽が実は一人でも大丈夫で、一人でいられなかったのは昴の方でした、という話。
・朝陽ルート・・・夕陽を守るためだけ(みんなの前で役割を演じるためだけ)に二人でいる時は役割を放棄していたのに、それがかえって夕陽を遠ざける結果になってしまう。最終的には役割も捨て去って三人で支え合って生きていくことになる話。
・青葉ルート・・・親友(作中では「一人目」)だった青葉が昴を独り占めするために自分の母親(別の男と家を出た)の真似をし(「二人目」)、昴がやや自虐的にみんなを忘れ去ってシェルターに行こうとするも、青葉がそれを止め、本当の自分(「三人目」)を表に出す話。
・御波ルート・・・病気のせいで物理的な死への恐怖を克服してしまっている御波が、精神的な死への恐怖(小さな世界の崩壊)に目覚めつつも、結局は二人で生きていく話。

物凄く平たく言うと以上のような話になるわけですが、4つのシナリオはいずれも一貫したテーマを持っています。それは「役割」の「模倣」(「後追い」や「同一化」も含めます)と「放棄」です。
分かりやすく言うと、夕陽は昴を模倣し、朝陽はひかり(母親)を模倣し、青葉は母親を模倣し、御波は「普通の人々」を模倣する。
昴も当然誰かを模倣することになるのですが、彼は夕陽の母親でもあると自分のことを言うように、まずひかりおばさんを模倣しています。青葉ルートでは青葉が世界を忘れるために変わったのではないかと誤解し、その青葉を模倣しようとします。御波ルートでは死への恐怖を克服している御波を模倣します。
では役割の「放棄」とはどういうことか。化学の大田先生のエピソードを思い出して下さい。彼は学内に4人しかいない正規の教員の一人であるという「役割」を担っています。彼は作中に三回出てきますね。一回目は普通に授業をする、二回目は途中で授業(先生という役割)を「放棄」する、三回目は家族を道連れに心中していた、という場面(本人は出てきませんが)ですね。その後も度々大田先生は作中に暗い影を落とすわけですが、役割を「放棄」するとは、平たく言えばこういうことです。
しかし昴や4人のヒロインの役割の「放棄」は、それとはまた違った形で表現されます。それは彼らが役割を放棄したからといって自殺するわけではないことから窺えます。
彼らの役割の「放棄」とは、夕陽なら「がんちゃん原理主義者」であることを捨てて、一人で何でも出来ることを証明すること。朝陽と昴なら夕陽の保護者であることを捨てて、三人で支え合って生きることを決意すること。青葉なら「親友」であることを捨てて、母親の模倣をして昴を誘惑する・・・ことをさらに捨てて、本当の自分を昴に受け入れてもらうこと。御波の場合は、「死と向き合っている人」であることを捨てて、小さな世界の喪失に恐怖すること。
彼女らの役割の「放棄」は、逃げることではなく、ありのまま生きることです。そしてそれによって、昴を生かそうとすることです。結果としてそれによって昴が「シェルター行きに選ばれた」という役割をまた捨てて、皆と一緒に生きる(死ぬ)ことを決意させるわけです。

竜「いいな?お前はお前の望むように生きろ。何者にも振り回されず、お前の心のままに生きろ。例えそれが世界だろうが隕石だろうが、生だろうが死だろうが、振り回されてはならん」
「そんなものは全て突き抜けて、あるがままに生きろ」

上記はノーマルルート(明日はノーマルとアフターについて書くつもりです)からの引用ですが、非常に象徴的です。役割を放棄するとは、彼らにとっては「あるがままに生き」ることであって、大田先生のように心中してしまうことではないのです。当然、大田先生が先に役割を「放棄」した、その役割の放棄を模倣した、ということも出来るのですが、話が大きくなりすぎて追いつけないのでそこまでは触れません。

明日のためのメモ。明日は「世界の崩壊」の2つのレベル(物理的・身体的・大きな世界の崩壊と、精神的・小さな世界の欠片の崩壊)について、それからノーマルルートとアフタールートについて書いて、そろそろメモを仕上げようと思っています。